はじめに:このレポートは国土地理院発行、2万5千分の1 『矢名瀬』、『福知山西部』を参照いただくようお願いいたします。 2001. 9. 2. 日曜日 曇り 気温ふつう
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自転車遊びで『パスハント』というのがある。ようするに峠を上って下るというものだが、
車やオートバイにない自転車ならではの達成感が得られる遊びである。しかし、舗装ならともかく、
未舗装でしかも乗車できないような峠は、彼らパスハンターにとっては魅力ある峠ではないだろう。
しかし私にはそういった乗車して通過できるような峠より、これから紹介するような峠
の方が好きである。
まずは氷上郡青垣町遠阪から京都府天田郡夜久野町千原へ抜ける峠である。地形図には点線ルートで 表記されているが名前はない。地元では千原峠と呼ばれている。ちょうど遠阪トンネル(有料)の 入り口手前に空き地があったのでそこへ車を駐車する。スタート時間を記録するために、デジカメで 駐車ポイントを撮そうとすると、メディアが入ってないのに気づく!しかし、予備に8Mを持っていたので 一安心。MTBにまたがり千歳橋という小さな橋を渡ったら民家の横を右に入る。コンクリートの 水道施設横を抜けると、いきなり暗い植林帯の林道となる。 この林道は県道からは植林に隠れて見えない。しかし路面はフラットで砂利が敷かれており、 峠までは軽の四駆であればなんとか登れるほどである。 青垣町の大地主の某家は、夜久野町から嫁をもらうのにこの峠を越えて来てもらってそうだ。 ところがお嫁さんの実家も大地主だったので、結果両家の土地だけを通って嫁ぐことが出来た というエピソードがある。今歩いているこの林道も提灯行列が並んだそうだ。 (氷上のYさん談) つづら折れを数回すると目的の峠に着く。標高Ca.295m、麓からの標高差にいたってはわずか 120mほど。かかった時間も10分と拍子抜けするほどあっけなく着いてしまった。峠手前に 石仏が一体。壊れかけた祠に安置された宝珠を抱えた地蔵菩薩座像(あるいは大師像かも?)。 この峠のことは丹波霧の里の笹倉さん から聞いていたものの、初めて見るとそのすごさにただ驚く。 大きな切り通しになっているが、そのど真ん中が垂直にそびえ立つ岩盤で遮られていて、 小さくくり抜かれた隧道になっている。この辺りで一番標高の低い鞍部に峠を通したのは 正解だったが、まさかこんな岩盤があるとは思わなかったのだろう。 それを執念で掘り抜いたってわけか?昔の人はえらい!
ちょっと屈んで通り抜ける。わずか数歩の隧道。それでもコウモリが一匹私に驚いて飛び去っていった。 抜け出た所がちょっと土砂が崩れている。こちら側には道が二本ある。ちょっと広く正面に下って いるのは上千原へ、左に細く巻いているのは末へ。どちらも地形図に描かれている通り。 末への道は見えている所だけでも倒木がすごい。そこで上千原への広い道を下ろうと思う。 ここには石仏が二体ある。どちらも地蔵菩薩立像。一体は宝珠を抱えていて『右 ちはら 左 すえ』 となっている。う〜ん、ばっちりそのとおりで気持ちよい。もう一体は蓮の花を抱えている。 『右 ぬかた かや 道』、額田と加悦とはずいぶん遠い。『左 すえかすか』とある。 末と門垣(かずか)が正解のようだ。ともに夜久野町の地名である。
下り始めるが路面が悪い。倒木と路肩崩れでほとんど乗れない。谷までジグザグに降りるとさらに 倒木帯となる。このままこんな状態かなあ?とこっちを選んだのを悔やんだが、ふと前を見ると 二人の年輩の男性が登ってくる。見た感じ仕事ではなくて散策といった感じ。 「こんちわ〜」と声を掛けると驚いた様子。 今日の目的を話すと「あんた、若いのに似合わず(若くないです)感心やなあ。こんなんが 好きなんか?」「はい、困難なこんなんが好きなんです」・・・・。いろんな話を伺ったが、 やはり昔はこの峠を越えての婚姻が多かったそうです。戦後まもなくの事ですが、ある人の実家に 不幸があったのでこのおじさん(当時は若かった)が夜久野町から青垣町まで知らせに走った そうです。 帰りは深夜になり、カンテラを持参していましたが、峠で落っことして壊してしまい、 真っ暗闇の中這うように帰ったということです。 実際の話をその現場で聞くと臨場感があるものです。「昔は年に二回は村総出で道の整備を したし、カブで走れたのに・・・」今では想像できない話でした。おじさん達と別れたが そこから急に乗車出来る路面になる。ここから上千原の県道までは一気である。矢取神社にでる。 ついでだし、すぐ近くなので末からの入り口も確認しに行く。 (ここから千原峠へ行くのは非常にわかりにくいです) さて、次の峠は夜久野町下千原から福知山市下戸に抜ける峠。これも地形図には点線で 載っていて、しかも名前は先ほどの峠と同じ千原峠。どんな峠か期待がもてる。 上千原から下千原までは舗装の下りなので楽チンだ。峠入り口の谷に入る手前で 工事中の看板があり不安が横切る。どうやらトンネル工事のため峠への道は通行禁止 になっている。(2003年の時点でトンネルは完成していました) 日曜日なので工事はしていないが人夫の姿は見える。地形図の実線から点線になる ところまで来たがそれ以上は行けない雰囲気だったので、一つ東の谷を登っていく。 その途中から西の枝尾根に登ると西の谷の工事現場が少し見える。空身だとさほどの 事はないが、MTBが木にひっかかってなかなか進めない。境界の尾根にようやくでて 西にちょっと下ると千原峠であった。標高Ca.240m。 (国土地理院の地形図にはここも千原峠となっていますが、地元では『ゆずり峠』と 呼ばれていたようです。出来たトンネルも『ゆずりトンネル』となっています)
ここで昼食にする。石仏などは無し。千原へも下戸へも明確な道が下っている。 細い電柱がその道沿いに千原から下戸へ続いており、それはNTTの電話線であった。 落ち着ける場所ではなかったので早々に下戸へ下っていくがあっというまに着く。 標高差80mほどか。 そこはトンネルのすぐ横であった。名前は『ゆずりトンネル』。もうほとんど出来ていて あとは路面を舗装するだけの感じ。向こう側の出口がすぐそこに見えている。 苦労して延々MTB担いで峠をクリアーしたのがウソのようだ!村の人ももうこの 峠は利用することもなく、自動車で行き来するようになるのでしょう。 最後は梨木峠を超えてもとの青垣町へ戻る。千原峠から県道を南下して、三叉路を西に 走る。このままこのこの県道を行けば榎峠となって同様に青垣町へ抜けられるが、 舗装道路を走るのはまったく面白くない。この途中から点線ルートをたどれば 地形図にもある梨木峠があるはずだ。 峠入口の谷にはなんの目印もない。田んぼの横にある道を登って、今度はあぜ道を横切る。 谷の奥にそれらしい道が続いていた。「よーし、間違いなしや」独り言を言いながらMTBを担ぐ。 谷の側面にへばりつくような道で所々路肩が崩れている。油断してMTBもろとも谷に滑落する。 峠直前に石仏ではなくて石の道標があった。『右 ほうよみち 左 ふくちみち』とある。 梨木峠は細い掘りきりだった。ここから北にたどっていけば烏帽子山となる。それらしい マーキングと踏み跡も見て取れた。ここからの下りは乗れたり、乗れなかったり。 10分ほどでヤブから飛び出る。丸木の橋を渡ったらそこは林道の終点だった。
そこにも石仏がある。『右 ふくち山 左 やまみち』とある。後ろを振り返っても 峠への道とわかる人はいないだろう。それほどのヤブになっている。 ここは青垣町のごみ処理場と『いきものふれあいの里』という 施設が同居している。石仏の左手も遊歩道のような山道があります。 あとはデポ地までサイクリング。 |